★ 夜勤職、生きあがく

　 午前８時３０分、眠い目をこすりながら職場を後にする。俗に言う「夜勤明け」だ。ゆうべはほとんど眠っていない。ショートステイのご老人達で施設は満杯、いつものドタバタで小忙しい夜であった。慣れない場所に連れてこられたご老人達はすんなり朝まで寝るはずもなく、徘徊、失禁、その他もろもろで、やっと静かになったのは午前３時を過ぎてから。
　 職場を出てまっすぐに約１０キロ離れたグループホームへ車を走らせる。このグループホームは来月から私が新しく雇われる予定の職場で、今日は雇用契約書にサインをするために行くことになっていた。もちろん夜勤専属だ。ホームの事務室に入り施設長に会うが、忙しい時間帯らしく３０分程待つように言われる。手持ち無沙汰なので、ホーム内を見学させてもらうことにした。

　 リビングスペースにはこの施設のキャパシティーいっぱいの９人のご老人たちが長イスに腰掛けていた。２０畳ほどの部屋なので、９人プラス職員が居ると相当手狭な感じがする。窓が小さく、薄暗いので私の気持ちもなんだか暗くなってきた。コの字型に配置された長イスに、表情を失った老人達が全員着ぶくれた格好でひとかたまりになって座っている。ちょうど・・そう、ハムスターのよう、ペットショップなんかでケースに入れられて身を寄せ合ってじっとしている、そんな感じだ。それにしても皆、異常に重ね着をしている。よく見るとそばに居た２０歳くらいの童顔の男性職員も中綿入りとおぼしきジャンパーズボンをはいているではないか。そう言えばずいぶんと足元が寒いぞ。気になってちょっと尋ねてみた。

「暖房が故障でもしてるんですか？」
「いいえ、いつもここ、寒いんです」とその職員。

　外は連日の寒波で最高気温がマイナスの日々、時には朝方の最低気温がマイナス１５度を下まわる日もある。だからといって北国の住宅は暖房がしっかりしているので、よほど劣悪な作りの建物でもない限り寒いということはまずない。なのにこれでは、肉体的弱者であるご老人の為の施設としては、ちょっとまずいのではないか。いままで勤めてきた最新設備の老人ホームとはずい分な違いだ。

　無事、雇用契約書にサインをした後、ずっと気になっていた事を施設長に恐る恐る尋ねた。

私　　　　「あのう、夜間に私が体をちょと休める、と言うか横になれる場所
              はありますか？」
施設長　「いえ、専用の休憩室というのは無いんですよ。夜勤のは人みん
　　　　　　なリビングの長いすで横になってるみたいですよ」
私　　　　「リビングの長いす、と言うのは、今、入居者の皆さんが座ってい
              る長イスのことでしょうか？」
施設長　「そうです」
　
　 玄関に出て、車に乗り込む前に、ちょうど雪かきをしていた先ほどの若い
男性職員さんに聞いてみた。

私　 　「君、ここで夜勤した事ある？」
職員　「月に５回程してます」
私　   「仮眠はあの長イスでしてるわけ？」
職員  「ええ。でもすごく寒いからダウンジャケットを着て、丸くなってじっと
　　　　　してます。うまく行けば眠れます」
私　   「夜勤で体壊す人、いるんじゃない？」
職員  「先月、夜勤専門の人が体壊して入院しました。それでたぶん、求
　　　　人を出したんだと思います」

　 実に正直な青年だ。帰りの車を走らせながら、私は雇用契約書にサインした事を後悔した。月５回程の夜勤ならまだしも、私は月１５回の夜勤専門で雇われるのだ。あの寒い所に深夜も含めて１８時間連続、そして月１５回、つまり１日おきの勤務・・・。ああ、ぞっとする、春になる前にきっと体を壊してしまう、入院したここの夜勤専門員のように。・・・やめよう、何とか理由を付けて雇用契約を取り消してもらおう、そしてやめると言ってしまった今までの職場に、これまた何とか言って雇いな直してもらおう。ちょっと給料がいいからと言って欲を出した私がバカだった。いい年をしてアルバイト先のことでバタバタしている自分が心底情けない。
　運転する私の頭はめまぐるしく働いていた。　　　　　　　　　　　　つづく