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老人ホームの夜勤専門要員として、たった一人雇われた私(男46歳)。認知症老人たちと私の、夜ごと繰り返される狂乱の宴。仕事でなければ決して近寄りたくないこの現実。介護する側、される側の悲哀。きれいごとの通用しないこの館で、今夜も私は試される。
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 午前5時、私は室田鉄二さんのベッドの前に立った。寝たきりの室田さんが怯えた目でこちらを見つめている。言葉もわからなくなった室田さんだが、感情だけはしっかりと持っているようだ。
私はしばらく室田さんを見下ろしてから、「ふう~」とため息をついて手袋をはめた。医師が手術の時に使うような、肌にぴったりと密着するビニル製のものだ。
次に・・ティッシュペーパーを丸める。ゴルフボールくらいの大きさに3個。最後に調理室から持ってきた、ご飯を盛るときの「しゃもじ」を室田さんの胸の上に置く。これらを準
備すると、私はベッドの端に腰かけた。

「室田さん、さあ、いくよぉ~」,


まずはしゃもじを逆さに持って、握りの部分を室田さんの口へと差し込んでゆく。室田さんは口を開けまいとして、必死に歯を噛み合わせてブロックしている。
「頼むやめてくれ」とも「何すんだコノ
ヤロー」ともとれる目がしっかりと私の顔へ向いている。

「アウー、アウー」

ここ2~3ヶ月の室田さんは急激に体が弱り、大小便は垂れ流し、寝返りは打てず、食事も液体栄養食を経口で採っている状態だ。手や足は棒切れのように細くなって、ちょっと目をはなすと口の中が痰でいっぱいになってしまう。こちらの言葉も、もう100%近くわからないだろう。

「室田さん、少しでいいから口を開けてくれないかな。口をね、開けるの、 わかる? わかってるの?」

「アウー、アウー」

歯の噛み合わせに少しだけ隙間ができたところで、すかさずしゃもじの柄を突っ込む。

「!!・・アゴォー」

室田さんは上下の歯でしっかりとしゃもじを噛んでいる。これ以上は入れさせまいと抵抗している、物凄い顎の力だ。私はそのしゃもじを、ごくゆっくりと、かつ力を込めて90度回転させてゆく。
しゃもじの柄が横から縦になった時、上下の歯の間に3センチ程の隙間ができる。

「アウッ、アウーーー!」

しゃもじを左手でしっかりと固定し、空いている右手で、先ほど丸めておいたティッシュペーパーをつぶして口の中にいれる。そして人差し指と中指2本で口の内壁をぐるっと拭う。ひととおり拭った後、そのティッシュを口からゆっくりと出す。

ズルズル~。

出てきたティッシュは大量の痰を引きずっている。さらに口元で、そのティッシュを1回転、2回転と回す。回るティッシュに口の中の痰がさらに巻きついて出てくる。

ズルズルズルー。

「アウッ!・・アウアウアウーー」

「すごいねー、室田さん、すごいわぁ、いやあー大漁だぁ」と私。
「いあやー、どうしてこんなに採れるのお、どうして、どうしてさぁ」

まだ採れる、まだ採れる、と、作っておいたティッシュ球3個はあっという間に使い切ってしまった
痰は非常に粘い濃緑色で、赤い血のようなものや、食べ物のカスのようなものが混ざり、見ているだ
けで気分が悪くなるしろものだ。ある意味、大便よりも気色が悪い。
だまっていると4~5時間で口の中が痰でいっぱいになるので、ときどき採っておかないと、窒息の
危険があるのだ。仰向けでは喉に詰まる可能性もあるので、横向きに寝てもらっている。床ずれができはじめているので、時々人為的に寝返りを打たせる。全くもって手間がかかる。こんな人を自宅で介護したら、恐らく、すぐに死んでしまうだろう。本人ではなくて、介護をしてる家族が、だ。・・過労でね。

「いやー大変だ。オレも大変だけどさあ、・・室田さんも、大変・・だよねー」

目だけ生きている室田さんに語りかけながら、私は後片付けをする。室田さんの目はさかんに何かを訴えているが、それが何なのか私には解らない。
 早いもので今年も1年が終わろうとしている。明日は大晦日だが、室田さんは自宅へは
帰れない。年越しくらいは、家につれて帰るか・・と長男さんの希望があったと聞くが、数日前に様子を見に来たお嫁さんが猛烈に反対したようだ。

「いいさ、俺が一緒に年、越してやるよ」

私は室田さんの目をじっと見つめた。

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無題
初めまして。私も他業種から介護への転職組なので、貴方のブログに共感と元気を貰ってます
特に室田さんの記事は、貴方の人間性が出てて好きです
私も明日はゾンビと新年を迎えます
お互い良い年越しになりますように
つる 2008/12/31(Wed)00:03:26 編集
無題
もうグループホームレベルでない患者さんだと思いますよ。
特養、介護療養型医療施設への転院を勧めてはどうでしょうか。
じょくそう対策、吸引機器が充実しています。
NONAME 2008/12/31(Wed)00:20:57 編集
無題
痰の吸引ってホントグレーゾーンだよなぁ
うちの施設でも当たり前のようにやってる。

そのうち胃ろうのエサやりもやらされそうだ。

痰の吸引なら口の横から人さし指を入れて鍵状に人差し指を奥歯にひっかける感じでグイっとやれば口に隙間があくからそこからカテーテルを入れると楽です。

元旦から夜勤です。お互いがんばりましょう
NONAME 2008/12/31(Wed)17:45:47 編集
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★ プロフィール
HN:
井森 勝男
年齢:
63
性別:
男性
誕生日:
1960/05/05
職業:
夜間専門の介護職員
自己紹介:
某著名企業の総合職であったがほんの些細なことから退職、現在は年収150万で老人ホームの介護職員(夜間専門のパートタイマー)として働いている。認知症老人たちと私の、夜ごと繰り返される狂乱の宴。仕事でなければ決して近寄りたくないこの現実。介護する側、される側の悲哀。きれいごとの通用しないこの館で、今夜も私は試される。
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