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老人ホームの夜勤専門要員として、たった一人雇われた私(男46歳)。認知症老人たちと私の、夜ごと繰り返される狂乱の宴。仕事でなければ決して近寄りたくないこの現実。介護する側、される側の悲哀。きれいごとの通用しないこの館で、今夜も私は試される。
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前回からのつづき

  入居棟からケアマネージャーを先頭にこのホームの次席管理職の佐橋幸雄相談員、そして見学のご家族達がぞろぞろとホールへやって来た。ケアマネージャーは年のころ40歳前後で長身の男性、スポーツマン風の体躯と自身に満ちた笑顔がどことなく「やり手」を感じさせる。さらに銀縁の眼鏡が知的な雰囲気をかもし出している。部外のケアマネージャーなのだがなぜかこの中で一番偉そうな態度だ。
  ホールの中央部のテーブルに全員が腰掛けてケアマネージャーが「どうですか皆さん、なかなか良いところでしょう?」などと言っている。佐橋相談員をはじめ、見学のご家族の方々もうんうんと相槌を打ってうなづいている。場の和んだ雰囲気にホーム長もご機嫌だ。
その時、潜んでいた体内の毒が活動を再開するがごとく、隣接するトイレに
平田さんの
摘便のために篭りきりになっていた斉藤介護員が再びトイレのドアを半分開けて叫んだ。

「ねえ、誰か、ちょっと来てえー、森さん(看護師)まだ居るう~?」

なにか逼迫したものをその声に感じて私とホーム長がトイレに駆けつけた。床に倒れた平田さんを前にした斉藤介護員が振り向きざまに言った。

「いやあ、出血がすごいの、便が硬いからね、だいぶやってみたんだけど難しいの」

便器をのぞいたホーム長が驚きの声を上げた。

「いやあ、こ、これは凄いわ、すごい血だ」

平田さんは土気色の顔をして便器の前の床に突っ伏している、呼吸は浅く速い。倒れこんだ床も腰のあたりを中心に血の海だ。後から来た佐橋相談員も言葉を失っている。とりあえず血圧と脈拍を計る。上が105、下が80、拍数95。
ホーム長が言った。

「救急車呼ぼうか・・・これは、もう、救急車だね、ね、そうだよね」

自分では決断できなくて誰かに賛同してもらいたいようだ。ホーム内で頼みの綱の森看護師は今日は昼間の勤務なので、もうとっくに帰っている。時刻は午後7時をまわっていた。佐橋相談員が森看護師の携帯電話にかけてみるがなかなか繋がらない。
斉藤介護員が口を開いた。

「いや、このくらいならよくあるから、救急車なんて呼ばなくていいって。安静にしてれば出血、止まるって。誰か防水シートとタオルケット持ってきて、くるんでベッドまで運ぶから」

《自分の摘便作業が原因で救急車沙汰になるのが嫌なのか》と私は勘ぐった。ケアマネージャーと見学のご家族は、このただならぬ雰囲気を感じ取って、遠くからトイレに集まっている我々を見つめている。
私はホーム長の耳もとでささやいた。

「ホーム長、救急車、呼びますよ」
「あ、いや、う、う~ん」

ホーム長は斉藤介護員の顔をうかがっている。斉藤介護員はホーム長を睨みつけるような表情だ。
  私は受話器を取った。トイレから3メートルほどの所にある電話で119番を回す。コールセンターが出て、救急車を要請する私のやりとりを全員が無言で見つめている。全員が金縛りにあっていた。誰も私を止める者はいなかった。

前回の記事を見る
斉藤介護員関連の記事を見る

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無題
バイタルをみると出血によるショックっぽいから
安静にしていたら落ち着くと思いますが、無茶苦茶な職員だね。
この場合、落ち着いて出血が止まってから病院で診てもらうのが正しい処置だと思われます。(粘膜傷つけてるはずだから、びらん性炎症とか起こす恐れあり)
a 2009/02/27(Fri)11:35:59 編集
無題
ラキソとかシンラックで自然排便促せないのか・・?
NONAME 2009/02/27(Fri)19:38:56 編集
無題
すごい!良くぞ電話してくれました。
きっと、皆あなたに一目おくでしょうね。
・・・・痛快、爽快。
曇り後時々晴れ 2009/02/27(Fri)19:52:10 編集
無題
シンラック、センノサイドとかどうでしょう。
病院でナースと一緒に働いている介護職員で、摘便をよく見ますけど、失敗すると危険なのですね。やっぱり医療行為だね~。
NONAME 2009/02/27(Fri)23:23:28 編集
無題
斎藤さんはやたらとうんこに縁があるようで・・
NONAME 2009/02/28(Sat)23:59:21 編集
無題
正しい事をしたが、これであなたの評価が
高くなるのか、あるいは厄介者だと思われるか…

とりあえず斉藤職員さんは解雇すべき
NONAME 2009/03/01(Sun)08:35:12 編集
無題
続きまだ?
もっと執筆のサイクルを早くしてくれ。
CARLITO 2009/03/14(Sat)04:23:43 編集
無題
お元気ですか?体調崩されてないですか?記事アップ楽しみにしてます
NONAME 2009/03/28(Sat)05:34:06 編集
もしや
夜勤の仕事・・・辞めたのでしょうか?
曇り後時々晴れ 2009/04/03(Fri)14:56:33 編集
え〜摘便!?
それマズイでしょう。看護師なら良いけど!!介護職は体内の中はダメですよ。せいぜい肛門の周りを押すくらい迄でしょう。
胡蝶蘭 2009/04/10(Fri)16:11:01 編集
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★ プロフィール
HN:
井森 勝男
年齢:
63
性別:
男性
誕生日:
1960/05/05
職業:
夜間専門の介護職員
自己紹介:
某著名企業の総合職であったがほんの些細なことから退職、現在は年収150万で老人ホームの介護職員(夜間専門のパートタイマー)として働いている。認知症老人たちと私の、夜ごと繰り返される狂乱の宴。仕事でなければ決して近寄りたくないこの現実。介護する側、される側の悲哀。きれいごとの通用しないこの館で、今夜も私は試される。
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