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午前5時、室田鉄二さんの部屋に入る。定時のおむつ交換だ。横向きで寝ている室田さんの口から、緑色の痰が流れ出てベッドを汚している。もしやと思い呼吸を確認するが、大丈夫、生きていた。最近の室田さんの状態は惨憺たるものがある。こんな綺麗な施設の中にこんなひどい部屋があっていいのかと思う。オカルトものでは「開かずの間」という言い方があるらしいが、まさにそんな感じだ。
寝具のいたるところには、大便や痰、尿失禁の汚れが付着していて、そのままの状態が2~3週間は続いている。掛け布団にはカバーがなく、持込のベッドマットの上に小さな防水シーツが2枚重ねて敷いてあり、その上に室田さんが載っている。拾ってきた生き腐れの犬をとりあえず古新聞の上に置いた、そんな感じだ。
掛け布団本体に便がついてしまったら、簡単には洗ったり出来ない。なぜカバーなしで使うようになったのかは判らないが、どこにあるのか聞いても「ない」との返事であった。昼の時間帯はホーム長も含めて正職員が3人も揃っているのに、これと言った対策もしないとはどういう事なのか。衣服も着っぱなしで昼間に交換している気配は無い。下はジャージで上はトレーナーだが、オムツから滲みでた便で汚れて、どうにも限界と感じた時に私が着替えさせる。
「この状況は問題ではないのか」と申し出ようとも考えたがやめた。状況を知っていての放置なのだから、何か対策を考えているはず。私はただ指示どおりに動くのみだ。
今日もオムツの許容量をオーバーした尿で衣服が上から下まで湿っている。そんなに多くの水分を採っている訳ではないと思うのだが、朝はいつも大量に小便をしている。オムツ交換プラス衣服を全部交換しなくてはならない。濡れた衣服はスルッと抜けてこないので交換に大変な手間がかかる・・うんざり。
だいぶん前から寝たきりなんだから、交換しやすい衣服にしてくれればいいのに、金のかかる事は室田さんの家族も施設も一切「ノー」だ。
目を覚ました室田さんが、すがる様な目でこっちをじっと見ている。くぼんだ頬と大きく開けた口、そしてまるでほうきの柄のようにやせ細った手足が痛々しい。
「さ、室田さん、仰向けにするよ」
「アウ、アウゥゥ」
「膝、立てるからね・・よいしょっと」
「ヒッ、ヒイィー」
固まった関節を無理に動かされて痛かったらしい、室田さんは両手を突き出して空を掻きむしる。
私はかまわずズボンを下ろし、オムツを広げる。今日も大便をしていた。体重で潰された便が尻や陰嚢などを広範囲に汚している。何日も風呂に入っていないので、小便と大便で腰周りはひどい状態だ。
「室田さん、こんなんなっちゃって、つらいべ?」
私は後始末をする手を休めずに室田さんに話しかける。
「アウ、アウゥー」
「どうすんの、ほんとにもう、死んだほうがいいんでないのか? え? どうだぁ?」
「ヒイィ~」
「死んだほうがいいって、これならほんとひどいもの・・大変だっての、あんたもオレもよぉ」
言い終わってから腰のあたりを軽くポンとたたく。
「ヒッ、ヒイィー!」
室田さんの視線を引きずりながら私は部屋を出た。振り返って様子を確認しながらそーっとドアを閉める。私が視界から消えるまで室田さんはこちらをじっと見つめている。
昔観たオカルト映画のキャッチコピーを思い出した。
「誰もこの扉を、開けてはいけない・・・」
私の顔は笑っていなかった。