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午後9時、ここは食堂の大型液晶テレビの前。他の入居者は全員、早めに寝てくれて、私と小杉勘助さんはぼんやりと画面を見つめていた。ここ毎日、どうでもよい正月番組が延々と続いている。
お茶を一口すすってから、小杉さんがポツリとつぶやく。
「ありゃぁ、だめだなぁ」
小杉さんはちっちゃな背中を丸めて、無表情でテレビを見続けている。
「ありゃぁダメだ」
「えっ? 何がだめだって?」と私。
「あの大将は、だめな大将だ」
「大将」とは小杉さんが、森ホーム長を指すときに使う言葉だ。
「わしが分からんと思って、好き勝手しとる。そっくり返って、ここさ足乗せて、しょっちゅうくらってばかりおる」
テーブルに足を上げてイスにふんぞり返って頻繁に酒を飲んでいる、と言っているのだ。
ホーム長も月に5日ほど、私が非番の日に夜勤をするのである。
普段は他の職員からだいぶんボケていると思われている小杉さん、おまけに耳もひどく遠いので、適当にあしらわれている感があるのだが、
「わしゃぁ、なんも言わねえんだ。ここさ居させて貰ってんだから、なんも言えねえんだ」
ついこの間も、他の職員の前でねじり鉢巻をし「ちょっと裏山さ、きのこ見てくる」と言って職員に笑われていたね。この町に山などないのにね。ボケたふりをする事、見て見ぬふりをする事で穏便に過ごしてゆく。すっかりボケがまわってしまって、時々とぼけた事を言っては人に笑われる老人のキャラクターを演じる事が、この館で生きていくための精一杯の処世術なのか。自分で意識的にやっているわけではないと思うけど、深いところの知恵が言動をコントロールしているんだよ、きっとね。これが老人力というやつ?・・・すごいよ小杉さん。⇒記事「ボケ疑惑」へ