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午後6時45分出勤する。いつも遅くまで残っている調理員の工藤さんは、フォークシンガーの佐賀まさしを女にしたような風貌の方だ。小顔で小柄なせいか私と同い年にもかかわらず年よりも若く見える。その工藤さんが少し驚いた表情で寄って来た、手にはお玉が握られている。
「あれぇ?辞めたんじゃなかったのぉ?」
そう、確かにこの職場を辞めるはずだった。辞める、とホーム長に申し出て、先週は新しい勤め先のグループホームで雇用契約書にサインまでして来たのだ。
「いや、あのね、ちょっと手違いがあってさ、ここ、辞めないことになったんだよね」
「ああ、そうなの、ふうぅん」
工藤調理員は怪訝そうな顔で私の頭からつま先までをじろじろと見ている。
サインまでした雇用契約書を破棄してもらうのは大変だった。向こうもやっと捕まえた夜勤専門員だ、どうして辞めるのかと執拗に聞かれ、「非常識だ」とも言われた。もっともだ、あっちにふらふら、こっちにふらふらと心根がフラフラしている自分が悪いのだ。こんな事を重ねているうちに本当のダメダメ人間になってしまうのではないか。いや、もうなっている。
テレビや雑誌などでは罪人の生い立ちを解説するときのお決まりのフレーズにこんなのがある。「○○容疑者はその後、職を転々とし、云々・・・」
職を転々とし・・・こんな感じで人は人生の斜面を転がり落ちてゆくのだろうか。もちろん全部が全部じゃないだろうけどね。
一方、ここの老人ホームはすぐに雇い直してくれた。書類的な手続きにまだ取り掛かっていなかったし、ハローワークで求人を出し続けているのに、施設開設以来、未だかつて私以外に夜勤専門員での応募がないのだ。
ホーム長に挨拶をしてから頭を仕事モードに切り替え、手始めに室田さんの居室をのぞいて見る。
《あれ、いないぞ、ベッドが綺麗に片付いてる・・》
ホーム長が近づいてきて言った。
「室田さん、入院したからね」
「・・・あっ、そうですか」
首をかしげながらも私は臆面も無く顔をほころばせた。 つづく